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政府は、将来には過度の不安を与え、物よりもお金であるというキャンペーンを展開したのである。
まず、バブル期に人が金持ちになったと思って購買意欲を高めているときに、バブルだと一大キャンペーンを展開し、国民に実際はもっともっと貧乏だと認識させてくれた。
国民も早晩バブルと気付くし、ある程度警告を発してコントロールする必要はあったろうが、あれほど総合的かつ極端なキャンペーン、土地取引の制限、証券取引の制限、などを展開するのは、明らかに行き過ぎであった。
次に、バブルが崩壊し、O蔵省の思惑通りに人が皆貧乏だと痛感した後は、日本は将来、財政の累積赤字によって立ち行かなくなるという、まったく誤ったキャンペーンを展開した。
すでにここにおいて詳しく議論したように、累積赤字による国債残高の増大そのものは、国内で民間から税金を取り、そのまま民間に国債元利として支払うという手間をO蔵省が負担しなければならないだけであり特に不況期における財政赤字は余剰資源の有効利用ができることから、かえって望ましいのである。
それだけではない。
空前の高齢化社会が出現することによって生産力が衰え、若い人が多数の老人を養わなければならなくなるから、大変だというキャンペーンをも展開した。
これも、現在世代が対外資産を蓄積していれば、将来はその利子収入が外国から入るため、日本国内での所得の再分配さえ考えておけば、別に若い人が困るわけではない。
実際、日本は現時点で1人当たり世界一の対外資産を保有しているのである。
若年労働力の減少による生産力低下を心配するあまり、緊縮財政によって景気を抑制し、逆に貴重な若者の失業率を10%以上にしてしまった。
まったく、本末転倒である。
若者の働く意欲を削ぐという意味とともに、オンーザージョブートレーニングの機会を奪うことによって、長期的な彼らの人的資本形成をも阻害しているのである。
このようにいうと、政府は財政破綻を抑え、将来においても何とかやりくりして、社会保障制度を維持することができるという、「薄明るい」ビジョンを与えるために、倹約してがんばっているというかもしれない。
実は、このような考え方こそが間違いである。
政府の財政というお金のやりくりの上では将来が明るいといっているのであって、上記のように、お金を国内で右から左に回す作業が減少するというだけのことである。
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